カニ歩き映画ブログ

谷越カニが見た映画について書いてます

『この空の花』…お日様の匂いがするね

戦時中の東京・杉並を舞台にしているにもかかわらず戦争の気配が薄い不思議な世界観。ここに文句をつけたくなる人はいるだろうが、監督・脚本の荒井晴彦は主人公の里子(二階堂ふみ)と市毛(長谷川博己)のやりとりで反戦を表現したかったのだと思う。そこに戦争の気配は不要だったのかもしれない。

物語は里子が恋愛を経験して大人になる姿を描いたものだ。旬の女優二階堂ふみの魅力がつまったアイドル映画だと捉えることもできる。

BGMを極力使わない静かな映画。子供たちは疎開し、騒がしいのは鶏や蝉の声、サイレンくらいのもの。この時期の東京にしかあり得ない状況だ。荒井晴彦が、もしくは原作者の高井有一はこの特異な状況と、エンドロールで二階堂ふみが朗読する「私が一番きれいだったとき」の融合を目指したのだろう。戦争が終わり、疎開先から返ってきた子供たち、復興によって東京はまた騒がしくなる。里子と市毛の妻のバトルも激しくなることだろう。

ラストシーンのクローズアップは不評らしい。その直前に里子の母が二人の様子を覗き見する短いカットが挿入されていたことを考えれば、世間体を気にすることなく市毛を愛そうという里子の意思表示だと考えることもできるが、怖いといえば怖い。不要な気もする。小津安二郎の演出を参考にした映画の最後に『大人はわかってくれない』風のラストを持ってくるのか…。

 

ところで、初夜を迎えんとする里子が庭先のトマトを市毛へ持って行き、彼がトマトを食べている時の

「お日様の匂いがするね」

というセリフに意表を突かれ、爆笑してしまった。なんてのんきなセリフだろう。里子は市毛がトマトを食べる姿を見て緊張と興奮の入り混じった感情に飲まれていたというのに。