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カニ歩き映画ブログ

谷越カニが見た映画について書いてます

『フレンチ・コネクション1・2』最後の最後で期待にこたえるというやり方

同年公開の『ダーティーハリー』(1971)の影に隠れ、比較的語られる機械が少ないように感じる『フレンチ・コネクション』。ニューヨーク市警察本部薬物対策課の凄腕刑事ドイルと相棒ルソー(ロイ・シャイダー)がフランスの麻薬王シャルニエを追いかけるバディ・ムービーだ。

見どころはニューヨーク市街での尾行シーンと対地下鉄のカーチェイスである。

2つのシーンは共にゲリラ撮影されたことにより緊迫感がずば抜けている。特にカーチェイスは1つ間違えれば一般車を巻き込む大惨事を招きかねない命がけの撮影だったそうだ。観客はそのことを知らずに映画を観て、鑑賞後に本作のことを調べる中で事実を知って更に驚く。「えっ、『マッハ!!!!!!!!』のトニー・ジャーってCGもスタントも使ってないの!?」というような、アクション映画にありがちな「予想外のガチびっくり」である。

監督のウィリアム・フリードキンは元々テレビドキュメンタリーを制作していて、『真夜中のパーティー』(1970)で注目を浴びた。その手腕を評価され『フレンチ・コネクション』の監督に抜擢され、ドキュメンタリーの手法を用いて荒唐無稽な警官が主人公の映画を撮影することに挑戦した。その結果、尾行シーンとカーチェイスが生まれたのだ。手持ちカメラの多用、BGMを極力使わない等の演出が本作の魅力の源になった。本作は高く評価され、第44回アカデミー賞で作品賞、 監督賞、 主演男優賞ジーン・ハックマン)、 脚色賞、編集賞の5部門を受賞し、大ヒット作となった。

4年後に公開された続編『フレンチ・コネクション2』は舞台をフランス・マルセイユに移し、前作で取り逃がした麻薬王を今度こそとっ捕まえようという物語だ。主演のジーン・ハックマンは続投し、監督はフリードキンからジョン・フランケンハイマーに変わった。

フランケンハイマーもドキュメンタリックな映画製作を得意としていたが、『2』を『1』と異なるアプローチで取り組もうとした。麻薬の脅威に正面から向き合ったのだ。

『1』では麻薬はあくまでマクガフィンだった。敵は麻薬王じゃなくても、人身売買業者や武器密輸組織でもよかった。しかし、『2』は違う。どうしても麻薬王との対決でなければならなかった。なんとドイルがシャルニエに拉致され、シャブ漬けにされる拷問を受けるのだ。ドイルはシャブ欲しさに情報を漏らし、辛いシャブ抜きをしなければならなくなる。このシャブ抜きシーンの時間がとにかく長いのだ。捜査は進展することなく、ただひたすらドイルが禁断症状に苦しむ姿が描かれる。『1』ではただ仕事の一貫としてシャルニエを追いかけていたドイルが、『2』では完全な憎しみを抱きながらシャルニエを追いかける。麻薬をアクション映画の曖昧な動機付けとして用いるのではなく、重要な動機付けとして用い、その恐ろしさを観客に示す。それは同時に苦闘するドイルへの感情移入を催すことにも繋がる。

麻薬と正面から向き合う反面、『1』の魅力だった尾行シーンやカーチェイスが失われてしまった、というわけではない。終盤までの間、観客は「『2』と『1』は別物だ」と思わざるをえない。理由は単純で、尾行シーンとカーチェイスがないからである。それぞれを別物として受け入れ、『2』の面白さを堪能していると、クライマックスでシャルニエとドイルのチェイスが始まる。混雑したマルセイユ市街を二人が駆けまわる、『1』らしさを最後の最後に持ってきたのだ。シリーズは繋がっていた!手持ちカメラと走り回るドイルのPOVショットで緊迫感を煽り、爽快感のあるラストシーンで華々しく映画は終わる。

『ダーティーハリー』が『5』まで続いたのに対し、本シリーズはこの『2』で終わる。『ダーティーハリー』はハリー・キャラハンの物語だったのに対し、本シリーズはドイルとシャルニエの物語だったため、決着がついた以上続編はありえない。『1』と比べ『2』の興行収入が1/3程度になってしまったことも大きいだろう。無理なこじつけで続編を作ってさらに失敗を重ねるよりは遥かにマシだ。

大ヒット映画の続編が製作される時、『1』のファンは『2』に「『1』らしさ」を求めてしまうものだ。創造者である監督としては同じものを作りたくない。『1』のフォーマットをどこまで崩し、自分の色を出し、新たなスタイルを築き上げるかが勝負になる。『フレンチ・コネクション』シリーズはここがうまくいったようだ。